【売り手向け】事業承継とは?3つの方法の違いと準備の進め方

【売り手向け】事業承継とは?3つの方法の違いと準備の進め方。親族内承継・従業員承継・社外への引継ぎ(M&A)の3つの方法を3つのアイコンで示した画像

事業承継とは、会社の経営と、株式や事業用資産、技術、取引先との関係などを次の経営者へ引き継ぐことです。本記事では、3つの承継方法の違いと、準備の進め方・相談先を解説します。

事業承継とは

事業承継の意味

事業承継とは、会社の経営と、経営に必要な資産や強みを、次の経営者へ引き継ぐことです。

社長が交代するだけでは、事業承継は終わりません。株式、工場や店舗などの事業用資産、借入金に加えて、技術、取引先との関係、従業員の経験なども引き継ぐ必要があります。

中小企業庁の事業承継ガイドラインでも、事業承継を「『事業』そのものを『承継』する取組」としています(出典:事業承継ガイドライン(第3版)/中小企業庁、2022年3月改訂)。

「事業承継」と「事業継承」の違い

どちらも「事業を引き継ぐ」という意味で使われることがあり、日常の会話では大きな違いはありません。

ただし、中小企業庁の資料や公的な支援制度の名称では「事業承継」が使われています。本記事でも「事業承継」と表記します。

事業承継とM&Aの関係

M&Aは、事業承継の方法の一つです。親族や社内に後継者がいない場合は、M&Aによって社外の会社や個人に事業を引き継ぐ方法があります。

一方で、M&Aは事業承継だけに使われるものではありません。事業の成長や、事業の「選択と集中」のために使われることもあります。M&Aの全体像は「M&Aとは?」、売り手がM&Aを行う目的は「【売り手向け】M&Aの目的とは?」で解説しています。

事業承継で引き継ぐ3つの要素

事業承継ガイドラインでは、引き継ぐものを「人(経営)」「資産」「知的資産」の3つに大きく分けています(出典:事業承継ガイドライン(第3版)/中小企業庁、2022年3月改訂)。

1. 人(経営)

人(経営)の承継とは、後継者に経営権を引き継ぐことです。会社の場合は、代表取締役の交代がこれに当たります。事業承継ガイドラインでは、経営権、後継者の選定、後継者教育などが挙げられています。

後継者を選び、経営者として必要な知識や経験を身に付けてもらうには、時間がかかります。誰に引き継ぐかを決めるだけでなく、引き継ぐまでの育成の期間も考えておく必要があります。

2. 資産

資産の承継とは、事業に必要な資産を後継者に引き継ぐことです。事業承継ガイドラインでは、株式、設備や不動産などの事業用資産、運転資金や借入金などの資金が挙げられています。会社の場合、設備や不動産などは会社の持ち物なので、株式を引き継げば、資産を一つずつ移す必要はありません。そのため、株式の承継が基本になります。

中小企業では、会社が使っている土地や建物を経営者個人が所有していることがあります。また、会社の借入金に経営者が個人で保証(経営者保証)を付けていることも少なくありません。会社の資産と経営者個人の資産・保証を分けて整理することが、資産の承継の出発点になります。

3. 知的資産

知的資産とは、決算書には表れない会社の強みです。事業承継ガイドラインでは、経営理念、従業員の技術や技能、ノウハウ、経営者の信用、取引先との人脈、顧客情報、特許などの知的財産権、許認可などが挙げられています。

知的資産は、現在の経営者個人の経験や人間関係に結び付いていることが多く、書類だけでは引き継げません。後継者が取引先や従業員と関係を築き、技術やノウハウを身に付けるまでには、時間がかかります。

事業承継の3つの方法

事業承継の方法は、誰に引き継ぐかによって「親族内承継」「従業員承継」「社外への引継ぎ(M&A)」の3つに分けられます(出典:事業承継ガイドライン(第3版)/中小企業庁、2022年3月改訂)。

方法 後継者 主なメリット 主な注意点
親族内承継 子どもなどの親族 社内外の関係者に受け入れられやすい
  • 後継者に継ぐ意思と適性があるか
  • 株式を移すときの税負担と、ほかの相続人との調整
従業員承継 親族以外の役員・従業員 経営者としての能力がある人を見極めて引き継げる
  • 後継者が株式を買い取る資金
  • 経営者保証の引継ぎ
社外への引継ぎ(M&A) 社外の会社・個人
  • 親族や社内に後継者がいなくても引き継げる
  • 譲渡の対価を得られる
  • 相手が見つかるまでに時間がかかることがある
  • 希望する条件で合意できるとは限らない

1. 親族内承継

親族内承継とは、子どもなどの親族に事業を引き継ぐ方法です。

社内外の関係者に受け入れられやすく、早い時期から後継者を決めて育成に時間をかけられる点がメリットです。

ただし、子どもがいても、事業を継ぐ意思や経営者としての適性があるとは限りません。また、株式を相続・贈与・買取りのどの方法で移すかによって、税負担が変わります。後継者以外の相続人との公平にも配慮が必要です。

2. 従業員承継

従業員承継とは、親族以外の役員や従業員に事業を引き継ぐ方法です。

事業の内容や社内の事情を理解している人のなかから、経営者としての能力がある人を見極めて引き継げる点がメリットです。

一方で、後継者が株式を買い取る資金をどう用意するかが課題になりやすい方法です。また、会社の借入金に付いている経営者保証を後継者が引き継ぐかどうかも、金融機関と協議が必要です。ほかの役員・従業員との関係にも配慮します。

なお、親族や社内に後継者がいない場合に、社外から経営者を招いて引き継ぐ方法もあります。

3. 社外への引継ぎ(M&A)

社外への引継ぎ(M&A)とは、株式譲渡や事業譲渡などによって、社外の会社や個人に事業を引き継ぐ方法です。

  • 株式譲渡:株主が保有する株式を買い手に譲渡し、会社ごと引き継ぐ方法
  • 事業譲渡:会社の事業の全部または一部を、買い手に譲渡する方法

親族や社内に後継者がいなくても事業を引き継げることと、譲渡の対価を得られることがメリットです。

ただし、自社に合った相手が見つかるまでに時間がかかることがあります。相手が見つかった後も、譲渡価格や従業員の処遇などの条件について交渉し、合意する必要があります。売り手のメリット・デメリットは「【売り手向け】M&Aのメリット・デメリットとは?」で詳しく解説しています。

事業承継を進める流れ

事業承継ガイドラインでは、事業承継に向けた取り組みを5つのステップで示しています(出典:事業承継ガイドライン(第3版)/中小企業庁、2022年3月改訂)。

  1. 事業承継に向けた準備の必要性の認識:事業承継の準備が必要であることを、経営者自身が認識します。
  2. 経営状況・経営課題等の把握(見える化):会社の財務状況、株式の持ち主、経営者個人の資産・保証、会社の強みや課題を整理します。
  3. 事業承継に向けた経営改善(磨き上げ):会社の強みを伸ばし、課題を改善して、引き継ぎやすい会社にします。
  4. 承継の方法による分岐:次のどちらかを進めます。
    • 事業承継計画の策定(親族内・従業員承継の場合):いつ、誰に、何を、どのように引き継ぐかを計画にまとめます。
    • M&Aの工程の実施(社外への引継ぎの場合):M&A専門業者(M&A仲介・FA)などの支援を受けて、相手探しや交渉を進めます。
  5. 事業承継・M&Aの実行:計画や契約に沿って、経営権や株式、資産を引き継ぎます。

ステップ1〜3は、どの方法でも共通です。ステップ4から、親族内承継・従業員承継と、社外への引継ぎ(M&A)とで進め方が分かれます。M&Aの具体的な手順は「M&Aの流れとは?」で解説しています。

事業承継の準備はいつから始めるか

事業承継ガイドラインでは、後継者を決めてから事業承継が完了するまでの期間(後継者の育成期間を含む)は、3年以上かかる割合が半数を上回り、10年以上かかる割合も少なくないとされています。そのうえで、経営者が概ね60歳頃には事業承継の準備に着手することが望ましいとしています(出典:事業承継ガイドライン(第3版)/中小企業庁、2022年3月改訂)。

準備を早く始めるほど、承継の方法を比べて選ぶ余裕が生まれます。まずは、次の2つから取りかかりましょう。

後継者の意思と適性を早めに確認する

子どもや社内の役員・従業員など、後継者の候補がいても、本人に継ぐ意思があるとは限りません。親族内承継や従業員承継を考えている場合は、早い段階で本人の意思を確認し、経営者としての適性も見極めます。

後継者が経営者として必要な知識や経験を身に付けるにも、時間がかかります。事業承継ガイドラインで紹介されている調査では、後継者が経営者になるために必要な準備期間として、5年以上という回答が約5割を占めています(出典:事業承継ガイドライン(第3版)/中小企業庁、2022年3月改訂)。

親族や社内に後継者が見つからない場合は、早めに社外への引継ぎ(M&A)も選択肢に加えることで、相手探しに時間をかけられます。

株式・資産・経営者保証を整理する

後継者が決まっていても、次のような状態では、承継の前に関係者との調整が必要になります。

  • 株式が親族などに分散している
  • 会社が使っている土地や建物を、経営者個人が所有している
  • 会社の借入金に、経営者保証が付いている

株式の持ち主や資産・保証の状況を一覧にしておくと、どの承継方法を選ぶ場合でも、相談先と具体的に話を進められます。経営者保証の取り扱いは、金融機関との協議が必要です。

事業承継の相談先

事業承継の相談先には、主に次のようなところがあります。

  • 事業承継・引継ぎ支援センター:国が設置する公的な相談窓口です。事業承継の進め方の相談や、後継者・譲渡先探しの支援を行います(中小企業基盤整備機構「事業承継・引継ぎ支援センター」)。
  • 顧問税理士:会社の財務や株式の状況を把握しており、株式を移すときの税金について相談できます。
  • 取引金融機関:借入金や経営者保証の取り扱い、後継者が株式を買い取る資金などについて相談できます。
  • M&A専門業者:社外への引継ぎ(M&A)を考える場合に、相手探しや交渉を支援します。

相談先によって、支援できる内容は異なります。M&Aの相談先の選び方は「【売り手向け】M&Aの相談先は?」で解説しています。

事業承継には、税制や補助金などの支援制度もあります。制度ごとに要件や期限が定められているため、利用を考える場合は相談先に確認しましょう。

FAQ

事業承継の準備は、何から始めればよいですか?

まずは、会社の現状を整理することから始めます。株式を誰がどれだけ持っているか、会社が使っている資産に経営者個人の所有のものがないか、借入金に経営者保証が付いているか、会社の強みは何かを書き出します。現状が分かると、親族内承継、従業員承継、社外への引継ぎ(M&A)のどれが自社に合うかを検討しやすくなります。

子どもに継ぐ意思がない場合は、どうすればよいですか?

子どもに継ぐ意思がない場合は、親族以外の役員・従業員に引き継ぐ従業員承継や、社外の会社・個人に引き継ぐM&Aを検討できます。社内に適任者がいるかを確認しながら、M&Aも並行して選択肢に入れておくと、準備に時間をかけられます。

従業員に会社を引き継ぐとき、株式の買取資金はどうすればよいですか?

従業員が株式を買い取るときに自己資金だけでは足りない場合は、金融機関からの借入れなどで資金を用意する方法があります。買い取る株式の量や時期、価格によって必要な資金は変わります。資金の用意の方法は、取引金融機関や事業承継・引継ぎ支援センター、顧問税理士などに早めに相談しましょう。

後継者が決まっていなくても、M&Aの相談はできますか?

後継者が決まっていなくても、M&Aの相談はできます。親族や社内に後継者がいるかどうかを確認しながら、社外への引継ぎ(M&A)を選択肢の一つとして並行して検討することも可能です。相談したからといって、必ず会社を譲渡しなければならないわけではありません。

まとめ|事業承継は現状の確認と早めの相談から始める

事業承継では、経営者の交代だけでなく、株式や事業用資産などの資産と、技術や取引先との関係などの知的資産も引き継ぎます。承継の方法には、親族内承継、従業員承継、社外への引継ぎ(M&A)の3つがあります。

事業承継では、後継者の検討と、株式・資産・経営者保証の整理を早めに進めることが大切です。

まずは株式の持ち主や資産・保証の状況を書き出し、顧問税理士や事業承継・引継ぎ支援センターなどの相談先に相談するところから始めましょう。