【売り手向け】M&A後の従業員はどうなる?雇用・給与・退職金と、従業員を守るための準備

M&A後の従業員の雇用・待遇は、スキーム(手法)や譲渡後の方針によって異なります。雇用契約・給与・退職金の扱いと、従業員を守るために売り手が譲渡前に確認し、契約に残すことを解説します。
M&A後の雇用はどうなる?スキーム別の違い
M&Aは、廃業せずに事業と従業員の職場を残す選択肢です。
中小M&Aガイドラインでは、中小M&Aの後に従業員の一斉解雇が行われるケースは多くないと言われています。ただし、雇用継続が必ず保証されるわけではなく、買い手の経営方針も確認する必要があります。
(出典:中小M&Aガイドライン(第3版) p.29・46〜47/中小企業庁、2024年8月30日公表)
雇用契約の基本的な扱いは次のとおりです。
| スキーム | 雇用契約・労働条件の扱い |
|---|---|
| 株式譲渡 | 雇い主の会社は変わらず、雇用契約・労働条件はそのまま継続 |
| 事業譲渡 | 雇用契約の引き継ぎには、従業員一人ひとりの同意が必要 |
| 合併 | 雇用契約・労働条件は合併後の会社に引き継がれる |
| 会社分割 | 法律上の事前手続きに沿って、対象となる雇用契約・労働条件が引き継がれる |
事業譲渡では、従業員が買い手の会社に移る「転籍」について、十分な説明と協議を行います。現在の労働条件を維持して引き継ぐことが基本で、変更して引き継ぐ場合は、その変更にも本人の同意が必要です。
いったん退職して買い手と新たに契約する方法もあります。その場合の労働条件は、法令や適用される就業規則を踏まえて、買い手と従業員本人が合意して決めます。退職・再契約の内容も、従業員本人に十分に説明します。
(出典:中小PMIガイドライン p.105/中小企業庁、2022年3月、事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針/厚生労働省、2026年1月20日改正、労働契約法/厚生労働省)
M&Aがあっただけで自由に解雇できるわけではありません。客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇は無効です。
(出典:労働契約法/厚生労働省)
給与・退職金・働き方はどうなるか
譲渡後、買い手の制度に合わせて給与や働き方が見直されることがあります。待遇が改善する場合もありますが、変更の内容・時期を事前に確かめておきましょう。
| 項目 | 基本的な扱い・変わる可能性 | 売り手が確認すること |
|---|---|---|
| 給与・賞与・手当 | 株式譲渡ではそのまま継続。譲渡後に賃金体系などが見直される場合がある | 維持する水準、変更内容・時期 |
| 退職金・勤続年数 | 株式譲渡では継続。事業譲渡では精算・通算の扱いを確認する | 計算方法、費用の負担者 |
| 就業規則・人事評価・福利厚生 | 買い手の制度へ統合・変更される場合がある | 変更の目的・内容・時期 |
| 勤務地・配置・仕事内容 | 拠点の再編や配置転換に伴い変わる場合がある | 事業所の存続、転勤・配置転換の予定 |
事業譲渡では、退職金や未消化の有給休暇も含め、法令・規程・契約内容に照らして扱いを整理します。
(出典:中小PMIガイドライン p.102〜105/中小企業庁、2022年3月)
労働条件の変更は、原則として従業員との合意によります。合意なく就業規則を変えて不利益な変更を行うには、従業員への周知と、変更の必要性・不利益の程度などを踏まえた合理性が必要です。就業規則では変更しないと個別に合意した条件は、原則としてその変更だけでは変えられません。
売り手と買い手の約束だけで、従業員の労働条件を自由に変更できるわけではありません。
(出典:労働契約法/厚生労働省)
従業員を守るために、売り手ができる5つのこと
1. 希望条件と優先順位を決める
全員の雇用継続、給与水準、勤務地など、守りたい条件を整理します。すべての希望が実現するとは限らないため、譲渡価格などとの優先順位も決め、買い手探しの段階からM&A専門業者(M&A仲介・FA)に伝えましょう。
(出典:中小M&Aガイドライン(第3版) p.35/中小企業庁、2024年8月30日公表)
2. 労務上の課題を整理する
未払残業代、未消化の有給休暇、就業規則、36協定(時間外・休日労働に関する協定)、社会保険の加入状況などを確認します。買い手のデューデリジェンス(DD)は、対象会社の財務・法務・労務などを調べる手続きです。その前から社会保険労務士に相談し、課題への対応を進めましょう。
(出典:中小PMIガイドライン p.100〜103/中小企業庁、2022年3月)
3. 買い手の方針と従業員への接し方を確かめる
トップ面談では、従業員の技術や役割をどう考えているか、現場にどのように接するかを確認します。条件交渉では、雇用や待遇の維持を具体的に話し合い、任せられる相手かを見極めましょう。
(出典:中小M&Aガイドライン(第3版) p.46〜47/中小企業庁、2024年8月30日公表)
4. 説明する時期・内容を買い手と決める
従業員に情報が伝わった後にM&Aが成立しなかった場合、退職などにつながるおそれがあります。
一般の従業員への説明は、原則として可能な限りクロージング(株式や事業の引渡しと代金の支払い)後、早くとも最終契約締結後とされています。幹部などごく一部には、それ以前に知らせる場合もあります。
ただし、事業譲渡の転籍では事前の説明・協議と本人の同意、会社分割では法律上の事前手続きが必要です。情報管理と必要な手続きの両方を踏まえ、誰に、いつ、何を伝えるかを決めましょう。
(出典:中小M&Aガイドライン(第3版) p.31/中小企業庁、2024年8月30日公表、事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針/厚生労働省、2026年1月20日改正、中小PMIガイドライン p.105/中小企業庁、2022年3月)
説明する内容として、M&Aを行う理由、雇用・給与・勤務地の方針、今後の予定などを整理します。決まったことと未確定のことを分け、約束できない内容を断言しないようにしましょう。
5. 合意した内容を最終契約に残す
雇用継続や給与水準の維持について、対象者・維持する内容・期間・例外・約束が守られなかった場合の対応を弁護士と確認し、最終契約に書きます。これらは確認項目の例で、一律の決まりではありません。
中小M&Aガイドラインでは、最終契約で取り決める内容として、従業員の雇用継続の「努力義務」が挙げられています。一方、株式譲渡契約書サンプルは「原則として」全従業員の雇用を継続させる内容です。サンプルの条項をそのまま使わず、買い手にどこまでの義務を求めるかを交渉で決め、口頭の合意と契約書の記載を一致させましょう。
(出典:中小M&Aガイドライン(第3版) p.49/中小企業庁、2024年8月30日公表、中小M&Aガイドライン(第3版)参考資料7「各種契約書等サンプル」 p.21/中小企業庁、2025年12月15日時点版)
FAQ
M&Aの後、従業員はリストラされますか?
中小M&Aの後に従業員の一斉解雇が行われるケースは多くないと言われています。M&Aだけを理由に自由に解雇することはできませんが、雇用継続が必ず保証されるわけではありません。売り手は買い手の雇用方針を確かめ、維持したい条件を話し合い、合意内容を最終契約に残しましょう。
(出典:中小M&Aガイドライン(第3版) p.46〜47/中小企業庁、2024年8月30日公表、労働契約法/厚生労働省)
事業譲渡で、転籍に同意しない従業員はどうなりますか?
事業譲渡で買い手への転籍に同意しない従業員は、原則として売り手の会社に残ります。転籍に同意しないことだけを理由とする解雇は認められません。会社を清算する予定がある場合などは、残る従業員の扱いを早めに社会保険労務士や弁護士に相談しましょう。
(出典:事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針/厚生労働省、2026年1月20日改正)
M&Aに反対する従業員がいたら、どうすればよいですか?
まず反対する理由を聞き、雇用・給与・勤務地への不安や誤解を確かめます。買い手と説明内容をそろえ、共同の説明会や個別面談を行う方法があります。説明する内容や時期は、秘密保持と必要な手続きを踏まえて、買い手と事前に調整しましょう。
まとめ|希望条件を整理し、買い手との合意を契約に残す
雇用や待遇の扱いを理解したうえで、まず守りたい条件をM&A専門業者に伝えましょう。労務課題は社会保険労務士、合意内容の契約への反映は弁護士と確認し、従業員への説明から譲渡後のPMI(経営統合)まで買い手と連携して準備します。


