M&Aの売上シナジーとは?4つの具体例と見込み方

M&Aの売上シナジーとは、買い手と対象会社の顧客・販路・製品・技術を組み合わせて売上を増やす効果です。本記事では、4つの具体例と難易度の違い、売上・利益への効果の見込み方、実現しない理由を解説します。
売上シナジーとは
売上シナジーとは、買い手と対象会社が持つ顧客や販路、製品・技術などを生かし、両社が別々に事業を続ける場合よりも売上を増やす効果のことです。営業エリアや、顧客に知られている屋号・商品名なども、その材料になります。
中小PMIガイドラインでは、売上シナジーの取り組みを、今ある顧客や販路などを互いに使う「経営資源の相互活用」と、両社の製品・技術などを合わせて新しい価値を生み出す「経営資源の組合せ」に分けています(出典:中小PMIガイドライン p.66/中小企業庁、2022年3月)。
売上シナジーの4つの具体例
中小PMIガイドラインで紹介されている4つの取り組みを、具体例とともに見ていきます。
1. クロスセル|既存顧客に提案する商品・サービスを増やす
クロスセルは、自社の顧客に、相手の会社の関連する商品・サービスもあわせて提案する取り組みです。両社の顧客ニーズが似ていて、商品・サービスが補い合う場合に向いています。
中小PMIガイドラインでは、精密部品加工向けの装置を扱う会社が、買収した会社の製品検査装置を自社の顧客向け展示会に出品し、新たな受注につなげた事例が紹介されています。
商品が増えれば必ず売れるわけではありません。顧客の役に立つかを考えずに提案すると、これまでの信用を損なうおそれがあります。営業担当が相手の商品を理解できるよう、勉強会や同行営業を行うことも検討します(出典:中小PMIガイドライン p.72〜73/中小企業庁、2022年3月)。
2. 販売チャネルの拡大|販売先や営業エリアを広げる
販売チャネルの拡大は、相手の会社の顧客や販路を通じて、自社の商品を売る相手や地域を広げる取り組みです。両社の顧客層や営業エリアが異なる場合に向いています。
同ガイドラインには、ある県で食品の製造・販売を行う会社が、別の県を主な営業エリアとする同業の会社を買収し、その販売先に自社の商品を販売した事例もあります。
顧客の紹介や情報共有にあたっては、これまでの取引関係に配慮します。同ガイドラインでは、顧客情報を共有したり、相手の顧客に直接働きかけたりする場合には、事前に顧客の承諾を得ることが望ましいとしています。特に一般消費者の個人情報を共有する場合は、個人情報保護法に注意が必要です(出典:中小PMIガイドライン p.74〜75/中小企業庁、2022年3月)。

クロスセルは「今の顧客に提案する商品を増やす」取り組み、販売チャネルの拡大は「自社の商品を売る相手や地域を増やす」取り組みです。
3. 製品・サービスの高付加価値化|組み合わせて価値を高める
製品・サービスの高付加価値化は、両社の製品や技術を組み合わせ、顧客にとっての便利さや価値を高める取り組みです。製品に新しい機能を加えるほか、商品とアフターサービスを一緒に提供する方法などがあります。
両社の製品・サービスが補い合い、顧客の要望により良く応えられる組み合わせに向いています。中小PMIガイドラインには、道路標識の製造会社と設置工事に対応できる会社が一緒になり、製造と工事を一体で受注できるようにした事例があります。
現在の商品・サービスでは満たせていない顧客のニーズを知ることが大切です。組み合わせることで何が良くなるかを、営業担当が顧客に説明できるようにします(出典:中小PMIガイドライン p.76〜77/中小企業庁、2022年3月)。
4. 新製品・サービスの開発|新しい需要を掘り起こす
新製品・サービスの開発は、両社の技術や人材を活用し、これまで応えられなかった需要に向けて新しい商品・サービスを作る取り組みです。顧客の満たされていないニーズがあり、一定の需要を見込めることが前提になります。
紙容器とプラスチック容器の製造会社が開発情報を共有し、紙とプラスチックを組み合わせた容器など、提案の幅を広げた事例も、同ガイドラインに掲載されています。
技術を持ち寄るだけでは、売れる商品は生まれません。営業担当と技術担当が顧客の要望を共有し、何を開発するかを検討します。売上の効果を見込む際には、開発から販売までに必要な期間も考慮します(出典:中小PMIガイドライン p.78/中小企業庁、2022年3月)。

高付加価値化は、今ある製品・サービスの価値を高める取り組みです。一方、新製品・サービスの開発は、新しい製品・サービスそのものを生み出します。
売上シナジーは取り組みによって難易度が異なる
「相互活用」は、相対的に取り組みやすい
中小PMIガイドラインでは、クロスセルや販売チャネルの拡大にあたる「経営資源の相互活用」を、相対的に取り組みやすい区分に分類しています(出典:中小PMIガイドライン p.66/中小企業庁、2022年3月)。既にある商品や販路を使う取り組みですが、顧客が購入するとは限りません。
取り組みやすいという分類は、売上増加が保証されるという意味ではありません。
「組合せ」は、相対的に難易度が高い
製品・サービスの高付加価値化と新製品・サービスの開発にあたる「経営資源の組合せ」は、相対的に難易度が高い区分です。顧客ニーズの把握に加え、両社の技術やノウハウを組み合わせる作業が必要になります(出典:中小PMIガイドライン p.66・76〜78/中小企業庁、2022年3月)。
難易度と効果が出る時期は別です。クロスセルでも受注まで時間がかかる場合があり、新製品開発では販売開始までの期間が案件によって異なります。
売上シナジーを見込む3つの手順
1. 顧客別・商品別に、売上の増加を数字にする
最初に、どの顧客に何を売り、どの程度の売上増加を見込むかを整理します。中小PMIガイドラインでも、売上を顧客別・商品別に分けて把握し、取り組みが業績に与える影響を数字で確認することが望ましいとされています(出典:中小PMIガイドライン p.67/中小企業庁、2022年3月)。
例えば、クロスセルの売上増加は、次のように試算する方法があります。
1年間の架空の試算例(相場や実績ではありません)
対象となる顧客100社 × 成約を見込む割合10% × 1社あたり年間売上50万円 = 売上増加500万円
実際に提案できる顧客は何社か、成約を見込む割合に根拠があるかを確かめます。販売チャネルの拡大では販売先や地域ごとに、高付加価値化や新製品開発では商品ごとの販売数量や単価を見込むなど、取り組みに応じて考えます。
2. 追加費用を差し引き、利益への効果を見込む
売上増加額から、追加の仕入れ・製造・販売などの費用を差し引き、利益の増加額を見込みます。
先ほどの例で、売上が500万円増えるのに対して、追加の仕入れ・製造・販売費が350万円かかるとします。この場合、統合コスト(シナジーを実現するための費用)などを差し引く前の利益増加は150万円です。
さらに、営業担当の勉強会や同行営業に必要な時間・人手、新製品の開発費なども考慮します。追加の費用と、社内の人的負担は分けて整理します。費用は一度だけかかるものと継続してかかるものに分け、効果が出る時期も確認します。
3. 実現するための条件と行動計画を確認する
数字の見込みがあっても、実際に売るための準備ができなければ実現しません。顧客のニーズ、営業担当の商品理解、技術面の対応など、売上を増やすための前提条件を確認します。
M&Aの成立前に仮説を立て、成立後は現場の状況を踏まえて具体的な計画にします。取り組みごとに「誰が・いつまでに・何をするか」を決め、売上高や受注件数などの目標を設定します。実施後も、計画どおりに進んだか、顧客の反応はどうかを確かめます(出典:中小PMIガイドライン p.67〜69/中小企業庁、2022年3月)。
こうした計画と検証は、M&Aの成立後に経営や業務をすり合わせるPMIの一部です。取り組みを一度に増やしすぎず、M&Aの目的に応じて優先順位を付けて進めます(出典:中小PMIガイドライン p.66/中小企業庁、2022年3月)。
売上シナジーが実現しない主な理由
実現しない理由には、次のものがあります。
- 顧客ニーズの見誤り:組み合わせた商品が顧客の要望に合わず、受注につながらない
- 営業担当の理解不足:相手の商品を十分に説明できず、提案が進まない
- 開発・販売体制の問題:技術を組み合わせる計画が進まず、新製品を販売できない
- 従業員の反発や意欲の低下:突然の業務変更や負担の増加によって、協力が得られない
中小PMIガイドラインには、買い手の「当たり前」を対象会社に次々と持ち込み、従業員の協力を得られなかった失敗例も紹介されています。売上の計画だけでなく、現場の負担や進め方を確認する必要があります(出典:中小PMIガイドライン p.46・69・73/中小企業庁、2022年3月)。
組み合わせたことで、かえって価値が下がることをアナジーといいます。「ディスシナジー」「逆シナジー」とも呼ばれます。期待した売上が増えなかった場合はシナジーの未実現ですが、組み合わせたことが原因で従来の売上まで失う場合は、アナジーに当たります。
従来の売上を失わないよう、取引先や従業員への説明の順序など、PMIでの信頼関係づくりも計画に含めます。
売り手が知っておきたい2つのこと
1. 売上シナジーの材料になる自社の強みを整理する
売り手は、自社の強みを買い手がどう活用できるか整理します。売上シナジーの4つの取り組みに当てはめると、次のようになります。
| 取り組み | 整理しておきたい強み |
|---|---|
| クロスセル | 顧客のニーズ、追加提案ができる取引関係 |
| 販売チャネルの拡大 | 顧客層、営業エリア、販売先とのつながり |
| 高付加価値化 | 組み合わせられる技術・サービス、信用のある屋号・商品名 |
| 新製品・サービスの開発 | 開発に使える技術・人材、まだ応えられていない顧客の要望 |
例えば「技術力がある」という説明だけでなく、何ができ、どの顧客から評価されているかまで具体的にします。企業概要書にまとめる際も、買い手が自社の事業との組み合わせを考えられる情報を用意しましょう。
2. 買い手が想定する販売施策を確認する
買い手が大きな売上シナジーを見込んでいる場合は、どの顧客に何を売り、誰が販売する予定なのかを確かめます。販売先を広げるのか、新しい商品を開発するのかによって、必要な準備や期間が変わるためです。
意向表明書の内容やトップ面談での説明を手がかりに、顧客への提案方法、営業体制、新製品開発の方針などを尋ねます。既存の取引先との関係や従業員の負担に影響する場合には、対応方針も確認しておきましょう。
FAQ
売上シナジーはM&Aの後、すぐに生まれますか?
売上シナジーが表れる時期は、取り組みごとに異なります。クロスセルでも提案から受注までに時間がかかる場合があり、新製品の開発では開発から販売までの期間を見込む必要があります。中小PMIガイドラインは取り組みの難易度を分類していますが、それが実現時期を決めるわけではありません(出典:中小PMIガイドライン p.66・72〜78/中小企業庁、2022年3月)。
自社の顧客や販路は、売上シナジーとして評価されますか?
自社の顧客や販路は、買い手が売上シナジーを検討する材料になります。ただし、既存の取引による収益と、買い手の事業と組み合わせて新たに増える売上は区別する必要があります。売り手は顧客層や営業エリア、取引関係の特徴を整理し、秘密保持や個人情報の取り扱いに配慮して開示します。見込まれる売上シナジーの全額が譲渡価格に反映されるわけではありません。
まとめ|売上シナジーを具体例と数字で見極める
売上シナジーには4つの取り組みがあり、取り組みの難易度は異なります。いずれも成果が保証されるものではありません。
買い手は、売上シナジーを見込む3つの手順に沿って、売上増加額だけでなく、追加費用、利益への効果、実現時期を確認します。売り手は、自社の顧客・販路・技術などの強みを整理し、買い手がどのような販売施策を考えているか確かめましょう。



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